2010年6月27日 (日)

8ヶ月の沈黙が意味するもの

大変ごぶさたです。本当にごぶさたです。

気がつけばこのブログ、8ヶ月も放置してしまいました。

今までも空白期間はあったものの、始まって以来の最長の空白期間中に

「開設5周年」という節目もすっかり忘れておりました(苦笑)。

ブログが流行りだした同時期にスタートした他の皆さん方のブログも、

今ではネット世界の片隅で残骸として放置されているものもしばしば見かけます。

ここも、そのひとつになっていたかと。

あ、別にこの間、大病を患っていたわけではありません。

相変わらずムダに元気です。トシのせいか、最近やたら腰が痛くなることぐらいで。

それにこの8ヶ月間ほぼ毎日、家のパソコンは開いてました。

なのに更新しなかったのか。

ネタはいっぱいあります。相変わらず仕事はつまらんし生活に潤いはありませんが、

自分が普段ウロウロしていることや周囲の人の流れによって面白い小ネタに

出合うことも多々ありましたので。別に他人に伝えるほどのことではなくても

従来のようにダラダラと書けるぐらいの、自己満ブログに打って付けのネタはありました。

かといってこの間、流行りの「つぶやき」でつぶやいていたわけでもありません。

(あれも、一時のバブル期は過ぎたようですねぇ)

まぁこんな自己満なブログも、他人から見たら同じでしょうけど。

で本題。なぜ更新をしなかったかというと・・・。

単に書くのがめんどくさかったから

です(笑)。ほんまに、ただそれだけなんです。

まぁこれを機に多くのブログのように閉鎖してもよかったんですが、

やめてしまうと何かを無くしてしまうような気もするので、もうしばらくの間

気が向いた時にでも書いていこうと思います。

そんなこんなで以上、言い訳でした。今後とも何卒― m(_ _)m

2009年10月17日 (土)

球場探訪@ズムスタ広島

一週間遅れの報告になりますが…。

10/10(土)に広島カープの新本拠地、マツダzoom-zoomスタジアムへ。

Photo

今年初の野球観戦にして、最終戦。今シーズンも終盤まで激しい3位争いを

繰り広げたものの結局惜しいところでCS進出を逃してしまったので、

本来ならただの「消化試合」になるところが、ベテラン・緒方孝市の

引退試合となったため、チケットは完売。

ついでにブラウン監督・小早川打撃コーチも退団、さらには「ニセオガタ

いや、もう一人のオガタ(尾形)選手も引退とのことで、とにかく超満員でした。

初めて訪れる新球場。

JR広島駅から歩いて10分前後。非常に便利です。でもコンテナヤード跡地だけに、

市民球場のように周囲はあまり栄えてないので、アフターを楽しむのなら以前の方が良かったかも。

新旧二つの球場の立地を大阪で例えるなら、今まで大阪球場のように繁華街のど真ん中に

あったのが、コンテナヤード跡地の梅田の「北ヤード」に引っ越したようなカンジですね。

アクセスは良くなったけど、少し風情がなくなったなぁ…と。

球場内部は、狭い敷地を最大限広く、さらに観やすいように配慮された造り。

私たちが座った席は2階の内野自由。バックネット裏の上層階でしたが、

下の1階席がゆったりした傾斜なのとは逆に、かつての大阪球場ばりの

いわゆる「擂り鉢」スタンドで、一度コケたらスタンド下まで転げ落ちそうなほどの急斜面(苦笑)。

でも意外とグラウンドから近く、さらにかなりの「上から目線」なので、球筋がはっきり分かります。

こんなカンジでした↓

Photo_2

メジャーっぽい造りで、しかも天然芝。かつてイチローに「日本一の球場」と言わしめた

スカイマークスタジアム(グリーンスタジアム神戸)と比べても遜色のない、

「プレーヤーと観客にやさしい球場」ではないでしょうか。

2009年9月27日 (日)

Scandal Killed The Radio Star ~松宮一彦のSURF&SNOW~

今日は、本来のカテゴリーとはちょっと違ったお話しを―。

「SURF&SNOW」というラジオ番組をご存じでしょうか。

今から24年前、1985年10月から11年間、東京のTBSラジオでオンエアされてた音楽番組です。

一時期、ナイターオフの冬に関西などでもネットされていることがありましたが、基本的には

東京ローカルで深夜0時からやっていました。ですので、関西の人にはあまりなじみがないかと。

番組内容の詳細はこちら、個人で作成されている「番組(元)公式HP」をご参照下さい。

(このサイト。松宮氏が公式HPに認定しただけあって、すごくよくできています)

「SURF&SNOW DATABASE」  http://www.geocities.jp/tbs_radio_surf_and_snow/

番組のDJはこの人、

Surfsnow

TBSアナウンサー(当時)の 「スーパーDJ」こと、松宮一彦氏

この顔を見れば、たいていの人は「あ、『ザ・ベストテン』のおっかけマンや!」

と思うそうですけど、私は全く観たことないのでそちらの方は知りません(苦笑)。

80年代末から90年代初頭にかけて、関西から一歩も出たことがなかった高校生が

なぜこの番組を聴いていたのか不思議ですけど、当時毎日ではなかったものの

雑音にまみれながらもしょっちゅう聴いていました。その理由としては当時、

関西のAMラジオでも深夜にリクエスト番組はやっていたものの、「ほぼ毎日同じランキングの

ベストテン形式」とか「ただダラダラ音楽を垂れ流している番組」しかなく、

松宮氏のようにカッコ良くDJと音楽が絡む番組がなかったのです。

思えばその後、大阪に出てきてFMラジオをアホほど聴くようになっても、

松宮氏のようなDJは聴いたことないなぁ、と。少なくとも邦楽専門番組では。

(上の写真は、番組のコンセプトにあわせて作られたコンピCD「松宮一彦のスーパーDJ BOX」)

なんといっても彼のDJスタイルの真骨頂は、

午前0時の時報に合わせて、間髪入れずに番組のSS(サウンドステッカー、つまりジングル)が

カットイン、それが終わるやいなや

「○月○日○曜日、午前0時をまわりました!

TBSラジオ、ノルディカ・サーフアンドスノウ!!

今日のオープニングは…」

と流れるように曲紹介をかぶせ、それをイントロの終わるコンマ数秒前ギリギリにまとめ上げるのです。

(ごくまれにボーカルとかぶってたのはご愛嬌)

私が聴いていたのは高校時代の後半だけ、その後大阪に移住してからは東京のラジオを聴くこと自体が

なくなりましたが、一度だけ当時住んでた街の「パン屋兼コンビニ」的な、深夜営業もしている店が

有線で通しているのを聴いたことがあります。私の中では、今でも好きなDJのひとりです。

(その当時のSSが、上のHPにてRealPlayerで聴けます。カッコいいっ!!

私が聴いてた頃は、確かPsy'sがやってたバージョンでした)

その後番組は96年まで続き、松宮氏がTBSを退社後フリーになって、今度は埼玉のFM-NACK5で

1年間、同じ番組名で同じスタイルでやっていたそうです(ある意味、すごい話ですね)。

ところでなぜ今日、この話題を取り上げたかというと―。

10年前の1999年9月27日は、スーパーDJ・松宮一彦氏の命日なのです。

FM番組は一年で終了。彼のプライベートで起こした事件が、当時のワイドショーでも

大きく取り上げられましたが、それが原因でどうしても耐え切れなくなったようで…。

「Video Killed The Radio Star」ならぬ、「Scandal Killed The Radio Star」といったところでしょうか。

非常に残念な最期でしたが、今でもあの午前0時のオープニングの、まさに「立て板に水」なDJと、

当時売れっ子のミュージシャンをゲストに迎えたときの軽快かつ流麗なトークは忘れられません。

それと彼自身がスキーの名手で、かつて私がスキーウェアを買う時に、この番組で一時期

スポンサーになってた「ノルディカ」(現在は、ベネトンの子会社)のウェアを買ってしまったこと、

さらにはボードをはじめてからも「なんでボードのウェア着ぃひんの?」と言われながらも頑なに

スキーウェアであるノルディカを着続けていたことは、彼およびこの番組の影響です。

あれから10年、早いものですね。彼を偲びつつ、番組のエンディングを再現―。

(エコー&ディレイで)

「じゃ、今日はこの辺で。さよなら、さよなら、さよなら」

2009年8月31日 (月)

人生が二度あれば…。

少し遅くなりましたが…。
先週、教育テレビで4日にわたって「井上陽水特集」やってましたね。
今年デビュー40周年ということで、なかなか濃い内容でした。
ファンというわけではないものの、私が生まれる前からやっている人だけに、
物心ついた頃からの曲は知ってるわけで。

話は突然変わりますが―。
先週の土曜、京都市美術館へ「ルーヴル展」を観に行ってきました(ほんま突然やな)。
ルーヴル展は現在大阪と京都で開催されているのですが、両親は先月大阪のほうを
観たので「今度は京都も観たい」というので、チケットを手配してご招待。
まぁ日頃の罪滅ぼし的な思いもあって、お供して鑑賞。
私は芸術はよく分からんのですが、貴重な体験でよかったです。
ひとつだけ不平を言わしてもらうと、40分待ちと混雑してたのは仕方ないとしても、
会場が狭すぎて作品の配列もむちゃくちゃで観にくかったな、と。

観終わって、美術館のある岡崎公園から近くの高台寺~建仁寺~祇園~
八坂神社などを経て、先斗町で夕食。
両親は朝から京都に入って、昼までに銀閣寺~南禅寺まで歩いてただけに
さぞ大変だったのではと思ったものの、こちらもめったにない機会なので
張り切ってナビゲートさせていただきました。
そのせいで、母親は生まれて初めて「腓返り」(←こんな字なんや・笑)を
起こしてたけど…。

両親とはもう長い間一緒に暮らしてなくて、会うたびに体が小さくなっていくのは
充分分かっているのですが、若い頃と違ってスピードも遅く歩幅も狭くて、
階段を上り下りする足下がおぼつかなかったりするのを見て、
改めて「あぁ、トシ食ったなぁ」と寂しくなってしまいました。

―で話が戻って、この曲がアタマの中を流れてきたんですね。

「人生が二度あれば」

テレビを観ていた時に曲自体は知っていたのですが、改めて全ての歌詞を聴いて、
アタマの中に最近会った時の両親の顔が浮かびました。
歌詞に出てくる両親の年齢も近いし。
最近実家に帰るたびに何かと頼まれごとはされるし、そのくせ
「早よ結婚せぇ」だのとグチが増えて鬱陶しいと思いつつも、
その何倍も心配させているだけに、何とかせなあかんのやけど…。
もうしばらくガマンして。それまで、元気に長生きしといてくれ―。

としみじみしてたところに、八坂神社で「縁結び」のお守りを押しつけられてしまい、
苦笑いするしかなく…(汗)。

2009年7月27日 (月)

そして誰もいなくな…らんといてほしい(祈)。

前回のつづきになりますが―。

5月に忌野清志郎、先週は元ミッシェルガンエレファントのギター・アベフトシと、

相次いで日本の有名ミュージシャンが亡くなりました。

世界的にみれば超大物のマイケルジャクソンも亡くなったし(特にファンではないので、

ここでは取り上げてませんけど)、総じて今年は「ミュージシャン受難の年」なんでしょうか。

どうも「お祓い」でもせなあかんのかもしれませんね、音楽業界の皆さん方。

(海外にも「お祓い」という概念があるんやろか?)

さて日付が変わってしまいましたが、昨日7/26は

私の心の師匠、中島らも氏の命日でした。

もう5年も経つんですね。

酔っぱらって、神戸の某ライブハウスの階段から転げ落ちてから…。

その半年前。神戸の別のライブハウスで、対バン形式のライブに登場した

「ミュージシャン・らも」氏を観に。

初めてナマで観たあこがれのらも氏は、テレビでもおなじみの「ウシしゃべり」よりも

さらに遅いペースでのらりくらりとMCも入れながら、バーボンの瓶をラッパ飲みしてました。

案の定、演奏後にはヘロヘロになって自力で立ち上がれなくなり、スタッフの女性二人

(今思えば、そのうちの一人は娘さんだったかも?)に抱えられながら退場。

それを観た私の友人が「らもさん、もう長くないんちゃうか?」と言ったのが、

そう遠くないうちに現実となってしまいました。

それにしても―、

私が「ナマで観たミュージシャン」が、どんどん亡くなっていくような気が…(汗)。

他のファンの皆さんのためにも、私こそがお祓いを受けなあかんのかなぁと

思う今日この頃です(再び合掌)。

2009年7月26日 (日)

太陽をつかんでしまった男。

Abe_2

今週は各地で局地的な大雨で、各地で被害が出て大変な地方も多いですが―。

今年の「フジロックフェスティバル」も無事に終わったようですね。

といっても、私は一度も「参戦」したことはないのですけど(苦笑)。

今年は、過去に何度も出演してイベントのテーマ曲(でええんかな?)まで作っていた

忌野清志郎を追悼する特別ユニットが出演するということで、ニュースを見ると

いいカンジに盛り上がったようですね。

それとフジではもうひとつ、今週になって悲しいニュースが―。

元ミッシェルガンエレファントのギター・アベフトシ氏(写真)が

急性硬膜外血腫のため、43歳で死去(7/22未明)。

彼らはフジロックをはじめ、各地の夏の野外フェスではよくトリを務めていた

骨太なロックバンドでした。私も7年前の北海道のロックフェスで初めて

観たときに、あまりのカッコよさにしびれてしまった一人でした。

翌年のソロでのツアーにも、さらにはその半年後の解散ツアーにも、

いずれも大阪でのライブは観に行ってきました。世間一般では、

<解散直前に出演した「ミュージックステーション」で、出番直前にドタキャンした

ロシアの一発屋ユニット・タトゥーに代わって急遽、生演奏したバンド>

ぐらいの認識しかないでしょうけど(苦笑)、間違いなく'90~'00年代かけての

日本を代表するロックバンドのひとつといってよいかと思います。

ヴォーカル・チバユウスケの独創的な歌詞(パフィーの新曲「誰かが」も作詞作曲

してます)と、ギターの彼のものすごくトンガったギターリフがこのバンド最大の

ウリであり、またそれがとてつもなくカッコよかったのです。

なおかつ高身長な彼は、ライブではベースのウエノとともにステージ映えのする

「ツインタワー」(?)を形成、メンバー全員で主に細身の黒のモッズスーツでキメてて、

ストレートなガレージロックのサウンドにぴったりのビジュアルもあわせて

まさに男が見ても惚れる(←別にそういう趣味はないけど)バンドでした。

メンバーのうち、彼だけが解散後あまり目立った活動をしていなかったので

「どないしたんかいな」とは思っていたのですが、どうも療養中だったようで…。

まだ厄年が終わったぐらいの若さなのに、本当に残念です。

ブログのタイトルは、バンド終盤期のアルバム「サブリナヘブン」に収録された曲

「太陽をつかんでしまった」を少しアレンジしたものです。

発売される前年の北海道でのフェスで初めて聴いた時に「長い曲やなぁ」と

呆れたものですが(確か8分以上もあるんで)。

ニュースを知った後に、「成功を収めた(=太陽をつかんだ)男の死」を歌った

この曲をふと思い出してしまいました。

昨日、チバとドラムの「キュウちゃん」ことクハラは現在所属するバンド、

ザ・バースデーでフジのステージに登場。

現地からの参戦者からのメールによると、チバがMCで

「今日のライブは、大親友だったアベフトシに捧げます」

と叫んでいたそうです(泣)。

それにしても、なんか今年はミュージシャン受難の年ですね…(合掌)。

2009年7月 1日 (水)

キリンの背中が見えてきた②

前回のつづき。

主人公の中年男「キリン」の乗るバイクは往年の名車、スズキの「カタナ」です。

Photo

1981年デビューのこのバイク。ドイツ人工業デザイナーによる「日本刀」をモチーフにした

斬新なデザインとネーミング、最高速度200km/h以上の世界最速車(当時)として、

バイク乗りでない方でも一度は見たことがあるはず。

私も当時小学生で全くバイクには興味なかったものの、それでも知ってたぐらいなので、

発売当時はかなりインパクトのあるバイクだったかと。

もう既に生産は終了しましたが(何度か、アヤシイ「限定復活」してますけど)、

今でもたまに街なかで見かけるほどの人気機種です。

このバイクに憧れて乗っている人のほとんどは、

①マンガ「キリン」の主人公、キリン 

②マンガ「バリバリ伝説」の「裏六甲のウンチーニ」こと、聖秀吉

③ドラマ「西部警察」の、舘ひろし演じるハト

以上のどれかに影響されたものと思われます、3連複ならほぼ「鉄板」で(笑)。

なかでもキリンに影響された人が単勝1番人気でしょう、多分。

キリンは若い頃からバイクで、(車体の後方が大きいことから)「デカ尻女」と呼ぶ

ポルシェと公道でバトルを繰り広げてきた男。

なぜ「デカ尻」にこだわる? それは、若い頃の「トラウマ」から。

何度も大ケガをして仕事や家庭を壊してまでも、中年と呼ばれる年齢になっても自分の

「若さを誇示する」ためにバイクに乗り続け、手当たり次第に「デカ尻」に勝負を挑む。

38歳になり、「POINT OF NO RETURN」=戻れない地点、つまりは人生の「折り返し地点」

(保険業界でもこの「38歳」というのは、補償金額の大小に影響を及ぼす年齢だそうです)で、

ついに「速いポルシェ乗り」に巡り会い、当時既に「時代遅れ」になりつつあったカタナで

立ち向かう。そう、「草食動物」のキリンが、肉食動物に戦いを挑むのです。

物語には、行きずりで付き合い始めた20代の女性やキリンに楯突く20代のバイク乗り

たちが、若さから「遠ざかる」キリンと対比する存在として絡んできます。彼らの「若さ」に

嫉妬したり影響を受けつつも、過去に「ケリをつける」ためにデカ尻を追い詰める。

バトルの結末やいかに。そして、若さにケリをつけた後のキリンは―。

私がこのマンガを読んだのは約10年ちょっと前の20代半ば、既に今のニンジャに

乗ってた頃でしたが、読んでからのバイクに乗る姿勢(乗車時のポジションとかではなく)が

変わりました。その頃はまだ登場する若者側に近かったので、キリンの心境なんて

「遠い未来の話」だと思ってました。

でも今日、誕生日を迎えて「あ。あと1年で、キリンと『タメ』やん」と気づいた時に

この一年を大切に過ごそうと、目前に迫ってきたキリンの背中に誓ったわけです。

さ、まずは何から手をつけよかなぁ…(汗)。

2009年6月30日 (火)

キリンの背中が見えてきた①

東本昌平原作の「キリン」というマンガをご存じでしょうか。

Kirin

多分バイク乗りか、よほどのマンガ好きしか知らないような、少しマニアックな作品です。

ご存じない方は、こちらをご参照ください。

約20年前にバイク雑誌に連載が始まり、今でも某マンガ雑誌で連載が続いているという

ご長寿マンガなのですが、「あぶさん」などと同様にご長寿ゆえの「トンデモな」マンガに

成り下がっているようです(最近全く読まないので、よく知りませんけど)。

本当にこの作品がすごかった(過去形です)のは単行本の1~4巻、つまり第1章の

「POINT OF NO RETURN」までです。第2章はまだガマンできても、第3章以降は読む

必要はありません。連載当初の哲学がブレてしまった、ただの珍走団マンガです(苦笑)。

第1章「POINT OF NO RETURN」のあらすじは―、

<妻子にも愛想をつかされ見捨てられた中年バイク乗りの「キリン」(38歳)が、

スズキの往年の名車・カタナに乗って、若い頃から目の敵にしていた「デカ尻女」こと

ポルシェと、東名高速でバトル(=追いかけっこ)を繰り広げる>

…というだけのお話しです。ただそれだけなんです、100字程度でまとめてしまうと(汗)。

でも物語の背景には、バイク乗りにしか理解できないカタルシスやストイックさ、さらには

「男とは何か」

「人生とは何か」

といった永遠かつ壮大なるテーマを孕んでいるのです…、多分(笑)。

さて「キリン」というタイトル。キリンとバイクがどう結びつくのか。

筆者曰く、「バイク乗り」と「クルマにしか乗らない人間」との関係を例えています。つまり、

「バイク乗り=キリン(草食動物)」leftrightクルマ=肉食動物」

という比喩なわけです。

セリフ及びセリフ以上に長ったらしいト書きなど全般的に、北方謙三の小説並みに

ハードボイルドな言い回しが若干寒かったりもしますが、とにもかくにも主人公「キリン」の吐く

「キリンは泣かない」

[ 訳:草食動物であるキリンは、子供が肉食動物に食われても、ただそれを遠くで

見ているだけで何もできない。それは「弱肉強食」という自然の摂理であるから。]

<意訳:バイク乗り(=草食動物)は、クルマ乗り(=肉食動物)に轢き殺されても、

泣くことはできない。人間社会においても「弱肉強食」という力関係は存在するから。

でも自分は、肉食動物に立ち向かっていく草食動物(=その比喩として、キリン)でありたい。

またずっと、そういう存在であり続けたい(=いくつになっても、バイクに乗り続けたい)。>

というセリフは、日本社会における「バイク乗り」という存在を端的かつ的確に表現した、

大変意味深い哲学的な名言です。

(つづく)

2009年6月25日 (木)

最後の新曲「Oh! RADIO」を聴きながら②

さて、先週発売の最後の新曲「Oh! Radio」

元々は6月に開局20周年を迎えたFM802の春のキャンペーンソングとして、4月から

やたらめったらオンエアされてました。歌ってるのは清志郎本人でなく、スガシカオや

ゆずといったアーティスト達が寄ってたかって(←早い話が「V.A.」なわけですね)。

個人的にはスガシカオは好きなんですが、正直このバージョンを聴いていて

ちっともいい曲だとは思わなかったんです。やたら冗長で、キレが悪くてかったるい曲やなぁ

ぐらいにしか感じられず、1日に何度も流れるのですごく鬱陶しかったのが事実です。

これが清志郎の作った曲だと知ってからも…。

でも先月の「青山ロックンロールショー」で、ちょうど私が献花をする時に清志郎が

歌うバージョン、それもデモテープなのでギターのみのアレンジが流れてきたときに、

「あ。この曲って、やっぱ清志郎の曲なんや」!と改めて思ったわけです。

あの独特の、物悲しくもあるブルージーな声で歌うと、同じ曲でも全く違って聴こえたんですね。

「青山」終演後からは清志郎バージョンもラジオで頻繁に流れるようになりましたが、

やっぱ若いアーティスト達の青い声よりも清志郎のしゃがれ声の方がしっくりきます、

このどこか枯れたメロディには。

このPVもよくできてます。いつ撮ったのかは分かりませんが、いい演技してます(笑)。

シンプルな歌詞を引き立ててますね。

歌の最後の部分、

Ohラジオ 聴かせておくれ この世界に 愛と平和のうたを

彼が常々言っていた「LOVE&PEACE」で締めくくるあたり、

みんなにそっと「別れ」を告げるような悲哀を感じます。

この遺言、みんなで守りましょう。

PCを買い換えてからYoutubeを再生できるだけのメモリが増えたので、こうやって

ブログに貼り付けることができるようになりました。便利な世の中になったもんです(しみじみ)。

2009年6月24日 (水)

最後の新曲「Oh! Radio」を聴きながら①

仕事柄、普段外を廻っている関係で梅田やら難波・日本橋辺りをウロウロすることがあり、

その「サボルーティンワーク」の一環として中古レコード屋に立ち寄ることも多いのですが、

このひと月半ほどの間で清志郎関連のCDが、「店頭からすっかり無くなってしまった」or

「在庫があっても、以前よりも格段に値段が跳ね上がった(ヤフオクもしかり)」気がします。

まぁ世の中そんなもんだと思ってはいましたけど、儲けるつもりで値段を吊り上げるのは

やめた方がいいですよ。どうせ一時的なもんですから(←あ、だから吊り上げるんか)。

とかいう私もつい先日、中古で2枚も買ってしまいました。比較的良心的な店を選んでは

みましたけど、中には「廃盤」ゆえにトンデモな値段を付けてる店もチラホラ。

廃盤て、ただ単に古くなって売れなくなったからでしょ。よその店では適正な値段で売ってましたよ。

考えてみたらこの私。大学に入って大阪で一人暮らしを始めるまで、1枚もCDを持ってなかったんです。

一人暮らしと同時に、兄からお古のステレオをもらって初めてCDが聴けるようになってから、

近所の商店街のレコード屋で初めて買ったのが、なぜか

「RCのベスト盤」と「憂歌団のベスト盤」。

当時の20歳前の大学生とはとても思えないような選曲をしたのが、未だに謎なんですけど(苦笑)。

まだ引っ越し当時は部屋にテレビがなかったんで、このたった2枚のCDとFMラジオばっかり

聴いてました(うちの実家辺りは大阪のFM局が入らないんで、ラジオ派としては大変うれしくて…)。

ところで、FMラジオの「アーティスト特集」てな企画で、よく「○○の好きな曲ベスト10」

なんてやってますよね。こういう企画って、たいてい同じようなランキングになる傾向があります。

例えばサザンなら、ほぼ確実に第1位は「いとしのエリー」だったりとか。

(最近はリスナー層が若くなって、「TSUNAMI」だったりもしますけど)

あと確実に「勝手にシンドバット」「チャコの海岸物語」「栞のテーマ」あたりが、上位に入ったり。

B'zなら「恋心」が1位とか。要はどこで集計をとっても、ベタな曲が上位を占めるわけです。

RCに限らず清志郎関連の曲でランクをつければ、多分ほぼ確実にこうなるでしょう。

①スローバラード ②雨上がりの夜空に ③トランジスタラジオ

まぁ順番は前後しても、3連複で買っときゃほぼ鉄板です(笑)。

清志郎自身、若い頃にラジオで洋楽に目覚めたようなので(これも時代ですね)、

ラジオには思い入れがあるようです。

さて先週発売された、最後の新曲「Oh! Radio」

ある意味、RCの名曲「トランジスタラジオ」に出てくる、学校の屋上で授業サボってタバコを

吸ってた主人公が、大きくなってから昔を懐かしんでいるかのような歌詞にも聴こえます。

少し長くなるので、2回に分けましょう。(つづく)